コンセプト

百町森が考える「よりよい」保育とは

〜保育の中心に「遊び」が据えられた保育を〜

百町森(私、相沢)は、保育の中心に「遊び」が据えられた保育を、最良の保育だと考えています。遊びが主体的行為である以上、子どもが何かをさせられている状態は、遊びと定義付ける事はできません。例え保育者がそれを「○○遊び」と呼んでいても、です。

子ども達一人ひとりが落ち着いて、じっくり取り組める遊びの空間があり、時間、物(おもちゃ・遊具)もあり、かつ大人の教育的な意図と配慮がある、こんな保育室(園庭)が理想的だと思っています。

(相沢康夫)

百町森が考える「遊び」とは

〜幼児期は「遊び」こそが成長や発達を最も促す〜

小学校へ入学する前の子どもにとって、〝遊び〟こそ成長や発達を促す、最も有効な手段だと思います。

でも、保育の世界では遊びという言葉が、とかくご都合主義的に使われる事がよくあります。一斉指導のもとに、園児が何かをさせられている状態であっても、保育者はそれを「○○遊び」と呼んでいたりします。

「遊びと保育.com」では〝遊び〟は、子どもの主体的行為であると定義付けています。子どもである僕(私)が、今やりたい事を、選んでやっている行為、これを遊びと呼んでいる訳です。では、遊びが子どもの何を伸ばしているかを、ちょっと考えてみましょう。

例えば、子ども達が大好きな「ままごと」はどうでしょうか。まず、友達とのコミュニケーションをはかっています。異文化を受け入れ、多様な言葉も獲得しています。ままごとに限らず、ごっこ(役割り)遊びは、自分以外の誰かになる遊びです。つまり、他人の立場にたつ練習です。思いやりや優しさは、こうしたシミュレーションから育まれるとも言えます。

では夢中でままごとをしている子どもは、すでにどんな力が育っているでしょう?大好きなお母さん(又は厨房のお父さん)を良く観て、その立ち居振舞いをしっかり覚え、お母さんになりきって表現しています。「観察力」「記憶力」「表現力」が育っているからこそ成り立つ遊びなんですね。これらの力は、学習能力にも通じます。

カードゲームをしている子は「ルールを守るって楽しいな」という体験を積んでいるのです。その後の人生で出会う、校則やマナー、モラルといった様々なルールを守って楽しいものとして体験しているのです。

保育園、幼稚園、こども園時代は〝遊び〟が学びや教育に最も近いと、百町森では考えています。

(相沢康夫)

百町森が考える「保育環境」とは

〜落ち着くことのできる環境、遊び込める環境〜

〝環境を通して〟という言葉が、保育所保育指針と幼稚園教育要領に初めて登場したのは(私の記憶では)1989年だったと思います。この年は、指針、要領とも、実に26年ぶりの大改定だった事を改めて思い出します。今年(2014年)内閣府から出された「幼保連携型認定こども園教育・保育要領」でも、初っぱな、総則の第1の1に「(教育及び保育は)環境を通して行う」とあります。

環境と一言で言っても、捉えにくい気がします。まず前提として「落ち着くことのできる」そして「遊び込める」〝環境〟を、ここでは環境と呼びたいと考えております。遊びを保育の真ん中に据えた園、遊びを通して子どもの成長・発達を促す園では、遊び込む事、その為には落ち着くことができるという条件が、環境を考える時の第一になると思うからです。

環境を四つに分けて考えると分かりやすいと思います。

  1. 時間的環境―保育室内でも園庭でも、たっぷりと(少なくとも一時間位)遊べる時間があればオッケー。なければNGってとこでしょうか。
  2. 空間的環境―保育室では、例えば役割り遊びと構成遊びが、いたずらにごちゃごちゃにならないよう、棚や衝立などで、さりげなくコーナー分けされているかを見てみましょう。
  3. 物的環境―全ての園児が、やりたい事を見つけられるだけの量の〝おもちゃ〟があるかないか?がポイントです。もちろん量だけでなく質も大切です(〝おもちゃ〟のページも見てね)。発達や対象年齢は合ってますか?
  4. 人的環境―環境を考える時に、一番大切で一番難しいのが人的環境です。人の関係ですから、子どもどおしの関係、大人と子どもの関係、大人どおしの関係も人的環境と言えます。子どもの遊びを見守りながら、適切な言葉掛けや、遊びを引き出すアドバイスをする事も人的環境でしょうね。

(相沢康夫)